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医工連携・事業化推進

『気道内圧上限を超える人工呼吸器の安全性』 -今日の課題-

★今日の課題★
“Patient Safety”として『最高気道内圧』の上限を超えてしまう人工呼吸器から患者を守る安全策を検討




 医療機器の回収情報を見ていて、違和感を感じたので素人なりに解釈してみました。

 専門家のご意見はまた異なると思いますので、あくまで素人の見解としてお読みいただければと思います。




陽圧換気と陰圧換気

健常人は陰圧呼吸

 陰圧を意識して呼吸している人はあまりいないと思いますが、肺の中は陰圧、大気圧に対してマイナスの圧になっています。

 大雑把に言うと肺は風船のようなもので、胸腔という空間に風船があって、空気の通り道(気道)の先は口や鼻につながっています。

 風船に空気が入ったり出たりするための大きな動力減が横隔膜です。
 横隔膜が下がる(収縮する)と風船(肺)が引っ張られて膨らもうとします。風船を無理やり引っ張って膨らませるので、大気から空気が引き込まれます。

 空気を引込んで風船を膨らませるので陰圧です。



人工呼吸は陽圧

 救命講習を受けた事があると経験しているかもしれませんが、マウスtoマウスの人工呼吸は、卒倒者の肺(風船)に救護者が外から空気を押し込みますので陽圧になります。

 空気を送り込んで、外圧で風船(肺)を膨らまします。

 人工呼吸器も原理は同じく、装置から空気を送り込んで風船を膨らまします。



人工呼吸の呼気は『何もしない』

 風船を膨らましても、入口を閉じなければしぼんでしまいます。

 肺も同じで、空気を送り込んでも、口や鼻をふさがなければ勝手に空気が出てきます。

 すなわち、吸気のときは陽圧で送り込みますが、呼気のときに吸い出してあげなくても、勝手に空気を吐き出します。



陽圧は非生理的ゆえに

 肺が陽圧になるということは、かなり非生理的です。

 肺自体がダメージを受けることは後述しますが、胸腔内が陽圧であることや、横隔膜が胸郭に支配されることになるので、色々と不都合がでてきます。

 例えば、肺とお隣にある心臓ですが、普段は陰圧の胸腔内にあります。
 心臓と言えば血液を送り出すポンプですが、送った血液は還ってきます。胸腔が陰圧の状態を想定した人体構造ですので、陽圧になると還りにくくなります。

 陽圧換気とは、身体のバランスがあちらこちらで崩れる状態であるといえます。




気道内圧管理

気道内圧

 気道とは空気の通り道で、喉のあたりをイメージしていただくと良いかと思います。

 気道の先は肺になります(厳密には気管や気管支、肺胞などとなりますが割愛)。

 全体を風船の中だとすれば、気道も肺も同じ圧力になります。

 人工呼吸中の気道内圧とは、肺の中の圧力を反映していると考えて良いと思います。



肺は壊れやすい

 肺は非常に繊細な臓器です。

 『肺炎』という病気はよく耳にしますが、コロナでは肺炎が重症化すると生命危機が近くなると言われています。

 肺は感染症などによって炎症を起こし、酸素を取り込むための重要な機能を果たせなくなるので生命危機が迫るのです。

 切り傷が膿んで炎症反応を起こす、目に異物が入って炎症反応を起こすといった原因がわかりやすい炎症とは違い、塵埃や微粒子などでも炎症を起こしてしまう肺は、非常にナイーブです。



圧外傷

 生理的な呼吸をしているときは陰圧にさらされている肺が、人工呼吸によって陽圧にさらされることで『圧外傷』というダメージを受けることがあります。

 人工呼吸を必要としている時点で肺に病気を患っている可能性がありますが、この疾患と圧負荷が圧外傷を起こす要因に含まれます。



気道内圧適正化

 オモチャの風船は過度の圧をかければ割れてしまいます。
 割れないにしても、過伸展により、不可逆的な形状変化を起こすこともあります。

 肺も同じように過度の圧を掛ければ損傷しますので、圧力をモニタして過度の負荷が掛からないようにします。




気道内圧上限アラーム

患者と人工呼吸器が闘わないように

 患者さんが息を吐こうとしているときに、人工呼吸器が無理やり空気を送り込もうとすれば、ぶつかり合います。

 患者が咳をするとき、人工呼吸器とぶつかり合うことがあります。

 こうしたときには両側から空気が送られているので気道内圧は上昇します。

 上昇するとアラームが鳴り、空気を送り込むことを止めます。



補完的アラーム群

 気道内圧上限アラームが鳴ったら空気を送り込むのをやめてしまいますが、何回もぶつかって空気が送り込めない状態が続くとこんどは別のアラームが鳴って『酸素が足りていないかも』と気づかせてくれます。

 1回に500mL、1分間に10回の換気設定をしておけば1分間に5Lの換気という設定になりますが、これらのリズムが崩れると『○○が足りません』というアラームが出たりします。




モニタリング

バイタルサインモニタ

 患者の状態を観察するためのバイタルサインモニタは心電図(ECG)、心拍数(HR)、血圧(BP)、呼吸回数(RR)、酸素飽和度(SpO2)などが1つのベッドサイドモニタで観察されるのが一般的です。
 必要に応じて呼気終末炭酸ガス(EtCO2)を測定することもあります。

 人工呼吸療法の大きな目的は患者に酸素を送る事ですので、患者が酸欠になっていないかモニタリングする事は不可欠です。

 言い方を変えると、人工呼吸器から送る空気の量が多少誤差があっても、結果として酸素が足りていれば良いので、装置に求めらえれるのは安全に動く事、突然止まってしまわない事であり、送気量1mLの誤差を無くす事は目指していません。



気道内圧は人工呼吸器で観察

 気道内圧が大事だと言いましたが、そのモニタリングは人工呼吸器のセンサーで行います。

 人工呼吸器はチューブを介して気道や肺につながっています。このチューブを介した圧モニタリングにより気道内圧をモニタリングできます。

 他に1回換気量もモニタできますが、これは何mL送ったか、何mL戻って来たか、といったことを装置で観察します。
 送った空気の量は装置側の制御下にあるのでかなり正確に測定できますが、戻ってくる分は測定できない装置も多くあります。



気道内圧上限

 一般的な上限値から、病態や個体差で決めます。

 低く設定すると頻繁にアラームが鳴りますし、高く設定すると圧外傷(VALI: ventilator-associated lung injury, 人工呼吸器関連肺損傷)を起こす危険性が高まりますので、適性値を探ります。

 このアラームが鳴ると『痰が詰まって来た?』『肺が固くなってきた?』『自発呼吸が出てきた?』など推測して、原因を探って取り除いていきます。

 気道内圧上限アラームは1日に何回も鳴るアラームなので、正しく取り扱います。




気道内圧上限設定を超える人工呼吸器

上限気道内圧を上回る可能性がある(!?)

 ここからかなり素人解釈が入るので間違えていたら失礼。

 回収情報に『上限気道内圧を上回る可能性がある』と記されていたので、それは危険ではないかとの所感を得ました。

 上述の通り気道内圧が異常に高ければ圧外傷を起こす危険性があります。



使用をやめれば事故は起こらない

 これは危険だからと、直ちに使用を止めるのか思いきや、医療従事者が居れば大丈夫とも読めそうな文書でした。

 患者は医療従事者の管理下にありますが、人工呼吸器が『患者モニターとの併用』されていたとしても、気道内圧はモニタされないので、安全であるとは考えにくいなと思いました。

 また『手動式人工呼吸器などの代替機器の具備を添付文書に記載しています』という事なのですが、装置が停止すれば手動式人工呼吸器も使いますが、気道内圧上限設定を上回る事とは直結しないように思います。

 さらに『添付文書に記載』ということですが、添付文書は薬事規制上の承認事項ではないので、あくまで参照する物であるという位置づけであると理解しています。
 メーカーさんとしては添付文書どおりに使って欲しいと考えるのは当然なのですが、現場がそのとおりにできるか否かについては別問題だと思います。



最悪の状況があっても、最悪の事態にはならない

 最悪の状況とは、人工呼吸器が停止してしまう事です。停止するとそこからは息を止めている状態になります。

 そのような状態が長く続けば低酸素血症となり、脳に酸素が行き渡らなければ低酸素脳症で不可逆的なダメージを受けますし、他の臓器も機能を停止し、最悪は生命を落としかねません。

 そのような最悪の事態には至らないための最終手段が『医療従事者が適切に措置することができる』という文言に係っていると思います。

 ICUなどでは患者は臨戦状態、1分後には急変し病状が悪化しているかもしれないですし、逆に目覚めて回復が進むかもしれないという状態にあります。

 何があっても良いようにトレーニングを受けた百戦錬磨のスタッフたちが、機器のトラブル対処にも備えているので、この文書に書かれている通り、医療従事者が救ってくれると思います。

 ただし、医療従事者が救命することをメーカーが決めつけることには反発の声も聴かれますので、この文言はもう少し工夫されると良いのではないかと思います。




医療従事者の観察力に期待

前にも同様の回収通知

 今回の回収通知が特別な物という訳ではなく、他社の書面にも同様の文言があったので、その際に大学の先生らと意見交換していました。

 前の不具合はもう少し危険で、人工呼吸器が停止してしまうかもしれないというものでした。

 アラームが鳴って停止すると思うが、稀に黙って静かに停止している場合もあるので注意が必要だとも書いていました。

 しかし、何があっても医療従事者による用手換気などで重篤な健康被害につながるおそれはないと書いてあります。



パルスオキシメータは遅延性

 新型コロナウイルス感染症の流行拡大で一時は注目を浴びたパルスオキシメータですが、これは血中の『酸素飽和度』をモニタする装置です。

 メディアでは『酸素濃度』と言われていることも多いですが、溶存酸素はカウントされず、ヘモグロビンと酸素の関係を反映する数字が表示される装置です。

 血液中にはヘモグロビンという鉄性の物が居て、それが酸素を運びます。酸素とくっついていると酸化ヘモグロビン、離れていると還元ヘモグロビンとなり、この2つは色が異なります。
 この2つの色の違いから酸化ヘモグロビンと還元ヘモグロビンの比を出す装置を考えた出したのは日本人です。

 息を止めて30秒もすると苦しくなりますが、パルスオキシメータのアラームが鳴るのは息止めから1分後くらいです。
 1分後にアラームが鳴り、そこから医療従事者が動き出します。医療従事者の習性から、最初に患者を観察します。そのあとで機械を見るので、まさか人工呼吸器がアラームも鳴らさずに停止しているなどという事に気づくまでに、初動から30秒や1分はかかってもおかしくないと思います。

 息を止めさせられて2分後、ようやく用手換気を開始して貰えます。

【参考】息を止めて酸素飽和度を測定(自験例)



健康被害が無くても精神的には?

 2分間の息止めは肺疾患のある患者にとってどれだけ苦しいのか想像がつきませんが、仮に健康被害なしで回復したとしても、精神的ダメージを受けるかもしれません。

 簡単に言えば溺れている状態です。水面に出れば助かるというものではなく、自身は動けない状態、沈没船の中に閉じ込められた状態とでも言いましょうか、危険な状況です。

 何とか助けられたとしても、その記憶は残ってしまうかもしれません。

 PTSDなどにならないことを願っています。




 今回は背伸びして、少し知的な話題に触れてみました。

 機械なので不具合がある事は仕方ないですし、そのために回収情報を流す制度を国が設けていますので、不具合自体には特にいう事はありません。

 しかしながら、その不具合によって発生した事故が、最終的に医療従事者によってリカバリされるので、安全であるという結論付けには少々違和感がありました。医療従事者の先生方に意見をうかがっても、同意見の方が散見されました。

 なんだかんだ言っても医療従事者は患者本位、患者のために命を救う行為に動くので、問題ないとは言っていました。これは安心できる言葉だと思います。

 コロナでも風評や誹謗中傷などが医療従事者に向けられることもありますが、守られてしかるべき、海外では英雄扱いですので医療従事者の皆様が責められることのないように、このような通知の文言も言葉を選んで貰えれば良いなと思いました。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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